黄昏に香る音色 2
最初から、こうすればよかったのだ。


マンションに着いた和也は、家で待つ律子に説明した。

「いやよ!」

律子は、金切り声を上げた。

「あたしたちは、あの男にすべてを奪われたのよ!だから、あいつからすべて奪うまでは絶対に、ここを動かないから!」

狂ったように、叫び続け、

「何てことを!この親不孝者!」

ついには、その辺にあるものを、律子は和也に投げつける。

しばらく、じっと目をつぶり、

和也は避けることもせず、立ち続ける。

やがて、

投げるものがなくなり、激しく肩で息をする律子に、和也はゆっくり近づいた。

まだ物を投げようとする律子を、和也は抱き締めた。

「ごめん…母さん…」

「ううう…」

呻く律子。

和也は強く抱き締め、

「もう帰ろう…父さんのところに…」

「父さん…」

「すべてを失ったわけじゃない。俺がいるし…父さんの店に帰ろう」

律子は泣いた。

これまで、我慢していたもの−すべてを吐き出すかのように。

もう復讐に、縛られることはない。

泣き崩れる母を、

和也はただ、ずっと抱き締めていた。

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