黄昏に香る音色 2
周りの変化に気づき、

明日香は、目を開いた。

目の前に、何万人もの視線を感じる。

しかし、

それは、明日香に向けられたものではなかった。

「香里奈…」

思わず…トランペットを、唇から離した明日香。

マイクを持った香里奈が、

明日香の目の前にいる。

そして、広い会場にいる観客は、

明日香でも、啓介でもなく、

香里奈を見つめていた。

明日香は、演奏をやめる。

バックのミュージシャンも、演奏をやめていた。

香里奈はアカペラで、

やがて、

Aステージから聴こえる啓介の音に合わせて、

言葉を紡ぐ。

啓介の音とやりあうでも、溶け合うでもなく、

包み込むように。

啓介の音はいつしか…

単なる伴奏になっていた。

音のドラッグといわれた、

その音は…

すべての毒素が、香里奈の歌声によって、

消えていく。




香里奈の歌が、終わるとともに、

啓介の演奏も終わる。

会場が、静まり返る。

香里奈は一歩、前に出る。


そして、深々と頭を下げた。

その刹那、

会場は、大きな拍手に包まれた。

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