黄昏に香る音色 2
音の中で、溺れた…。

息ができなかった。



啓介は、両膝を床につけ、倒れ込んだ…。

アルトサックスを持つ手に、力がなくなり、

首からかけた…ストラップだけで、宙に浮いていた…。

もう演奏は、終わっていた。

「どーしたの?啓介」

ティアが、ステージに上がってきた。

跪く啓介を見下ろし、

「一音も、吹かなかったじゃない…」

ティアは笑った。

ある程度のミュージシャンには、わかる。

ここに、音をいれるか…いれないべきか…。

いや、

ここに、自分の音を入れたら…

演奏が壊れてしまう。

つまり、

今、歌っている歌手と、

自分のレベルが…

まったく違うと…。

啓介が、自分の音を…そう判断したのは、

初めてだった。


ティアはしゃがみ、

真っ青になっている啓介の表情を覗き込み…楽しみながら、

耳元に囁いた。

「もう…吹かないんだったら…いらないはよね」

ティアは、啓介から、アルトサックスについてるストラップを外すと、

アルトサックスを床に落とし、

そのまま立ち上がると、

アルトサックスを、啓介の目の前で踏んづけた。

何度も。
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