黄昏に香る音色 2
「サックスが吹けなくなった!?」

明日香は、サミーの言葉に驚いた。

あの日…啓介を連れて帰ってから、

何日かたった。

気を取り直して、スタジオに入った啓介は…

アルトサックスをいつものように、吹こうとした。

しかし、

どんなに吹いても、

音が鳴らない。




「あいつは、今まで…音で負けたことがないからな…」

サミーは、頭を抱えた。

「あいつは、天才だからな。だが…パーフェクト・ボイスと出会って…初めて、自分以上の音に出会った…」

明日香は、啓介がいなくなったスタジオ内を、

録音ブースから見ていた。

「そんなに…パーフェクト・ボイスって、凄いの?」

「さあな…。生で聴いたことがないからな…。ただ…」

サミーも、スタジオ内を見る。

「ただ?」

「CDを聴いた感想では…あれは確かに、パーフェクトだ」

「そうかしら…」

明日香は、サミーの顔を見た。

「あたしには、そう思えない…」

「明日香…」

「この世に、完璧なものなんて…ないわ」

明日香の強い眼差しに、

サミーは息を飲む。

「あたしたちは…人間よ。人間であるかぎり…完璧は、ない。だからこそ…人は、暖かいものよ。あの歌には、人の暖かさが…感じられない」

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