天空のエトランゼ{Spear Of Thunder}
「いいですよ」

九鬼は、何とか止まった美亜の手から、サイン色紙を受け取った。

「ペ、ペンです!」

サインペンを渡そうとする美亜は、まだ目を瞑っている為に、ペン先で九鬼の目を突きそうになった。

九鬼は左手の人差し指と中指で、ペンを挟むと、

「ありがとう」

ペンを回転させ、サイン色紙を左手に、

ペンを右手に持ち変えた。

やっと目を開けた美亜は、きらきらと輝いた瞳で、九鬼に顔を向けた。

九鬼は微笑みながら、サイン色紙に名前を書こうとした。


「お、乙女!ブラックで、お願いします」

美亜の言葉に、九鬼はペンを止めると、

「わかったわ」

自分の名前でなく、乙女ブラックとサインした。



「はい」

サインを終え、美亜に返すと、

「やったあ!」

両手で受け取った美亜は、ジャンプした。


とても嬉しそうな美亜の様子に、九鬼は自然と笑っていた。

テレビ番組で、乙女ブラックを演じていると、

こういうサインを求められることは多い。

そして、素直に喜んでくれることが、何よりも嬉しかった。

向こうの世界では、あり得ないことだったから…。


「ずっと!大切にします!」

美亜は、頭が床に付くぐらいにお辞儀をすると、

「ありがとうございましたあ!」

そのまま回れ右をして、走り出した。

「!?」

九鬼は少し驚きながら、美亜の後ろ姿を見送った。


途中…足がもつれて、転んだ美亜は頭から、床に激突した。


「だ、大丈夫!?」

思わず、そばに駆け寄った九鬼に、

「色紙持ってたから…手つけなかった」

美亜は額を真っ赤にしながら、微笑んだ。

ぶつかる瞬間も、色紙を両手で持ち離さなかった為に、もろに打ったのだ。

その衝撃で、かけていた眼鏡が飛んでいた。

分厚いレンズの眼鏡が外れた為、

美亜の印象が一気に変わった。

何事にも動じない九鬼が、目を見張った程だ。

なぜなら…

目の前に絶世の美女が現れたからだ。
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