天空のエトランゼ{Spear Of Thunder}
突然置かれた小さなカップに、戸惑う美奈子に、

マスターは微笑みかけ、

「全部飲まなくていいです。それで、わかりますので」

すっとカップを近付けた。

始めて受けたサービスに、戸惑いながらも、美奈子は素直にカップを手にした。

そして、飲む。

口の中に、広がるコーヒーの味に、少しだけ…顔をしかめた美奈子を、マスターは見逃さなかった。

すると数秒後に、新たなコーヒーを出した。

今度は、カップの大きさも違った。

香りさえも。

郷に入れば、郷に従え。

美奈子はカップを取り、一口飲んだ。



「え?」

小さく、驚愕の声が、無意識に、美奈子から漏れた。

「当店のコーヒーは、一種類だけ……但し、それは、お客様によって、異なります」

マスターは、また頭を下げた。

説明もしていないのに、コーヒーは、美奈子の好きな味だった。苦いのは嫌いだが…甘たるいのも、美奈子は嫌いだった。

まさに、中間の絶妙な味がした。

「当店のモットーは、コーヒーしかありませんが…味は千差万別です。これから、おっしゃって頂ければ、その日の気分や体調によっても、調節させて頂きます」


美奈子は、普通に感動していた。

しばらく、コーヒーを楽しむ美奈子から、マスターは離れ、

カウンターに座る男と、談笑する。


「マスター……やっぱ俺、無理だわ…。あの男、ぶっ殺したい!」

カウンターの上で、拳を握り締め、わなわなと震える男に、

マスターは口を開く。

「ぶっ殺すなんて…物騒な言葉…使わない方がいいですよ」

にこっと笑うマスターに、男はきいた。


「だったら、何て言えばいいだよ!」

マスターは、即答した。

「食べる」

そして、自分の発言に苦笑して、

「いえ…頂くの方が、いいですかね?」

笑いながら、言った。

「頂くってえ〜!」

男は笑い、

「意味が違ってくるだろ!」

二人は、大いに笑い合った。



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