夜叉の恋
二話 鬼と少女
寧々が目覚めたのは、すっかり太陽が昇りきった頃だった。
慌てて飛び起きた寧々はきょろきょろと不思議そうに辺りを見渡した後、その大きな瞳に静の姿を映してホッと息を吐いた。
丸まっていた体をぐっと伸ばして、笑顔を浮かべながら静の許へ駆け寄る。
「おはよう、静さん」
静は一つ頷くと、首を傾げつつ寧々を見上げた。
「そんなに急がなくてもいいが……」
慌てて飛び起きた様子が不思議だったのだろう。
そんな静に、寧々は「ううん」とかぶりを振った。
「寝過ぎちゃったくらいだよ。久し振りにこんなに寝たもの」
父や母がいた頃にこんな時間まで寝ていようものなら、無理矢理布団を引っぺがされている。
いなくなった後だって、誰よりも早く起きて出来ることをしないと夕方には全身が腫れ上がっている。
それに、それとは別に食糧だって確保しないといけないのだ。
辛い一日はあっという間に終わり、そしてまた新しい辛い一日が始まる——その繰り返しの日々だった。
「……そうか。ならいいが」
「うん! 静さんはいつ起きたの?」
「寝ていない」
「……え」
「寝ていない、と言った」
問いに答えれば呆けた表情を返した寧々に、よく聞こえなかったのかと繰り返して言えば寧々は眉間に皺を寄せた。
「ね、寝てないの……?」
「? ああ、そうだが……」
どうやら聞こえていなかったのではなく、その言葉自体に反応していたらしい。
何がそんなに気になったのか分からずに寧々の次の言葉を待っていれば、不意に被さった影に静はらしくもなく面食らった。
額に触れる自分よりも遥かに温かい体温。
栗色の柔らかい髪が頬をくすぐった。
「……寧々?」
徐に触れ合わせた額を離すと、寧々はほっとしたように呟いた。
「体調は悪くないみたいだね。よかった」
……体調?
寧々の言葉に、嗚呼そうかと納得する。
寧々はまだ幼い。
静が妖であり自分が人の子であることの意味を、恐らくよくは分かっていないのだろう。
妖と人は、そもそも体の造りも心の造りも違うことなど――人里で暮らす幼子が知る由もないのだから。
「……寧々」
きっと、これからもこの娘を連れ歩くのならば教えることは山程ある。
額に触れた小さな温もりは、脆く儚い。