夜叉の恋
草木ざわめく、月が眩しい夜のこと。
古びた小屋のような小さなぼろ家を取り囲む不似合いな兵。
押し破られた戸を踏み鳴らし、一際華美な馬が嘶く。
それに跨がる無精髭を携えた男は卑しい笑みを浮かべたまま、己の喉元に突き付けられた震える小刀を見下ろした。
美しい烏の濡れ羽色の髪を垂らして、血が滲む程に噛み締められた小さな唇。
白く細い喉元に突き付けられるのは幾数もの刀。
男は勝ち誇ったように目を細めた。
「氷鷺。端からお前に選択肢などないのだよ」
──一筋。
只ひたすら、気丈に男を睨み続けていた漆黒の眼から涙が零れる。
女の背後には血の池に沈む一体の骸と、それに寄り添う血塗れの年端もいかない幼子。
女はゆっくりと俯き、嗚咽を漏らしながら小刀を落とした。
時は戦乱の世。
鬼は、人の心に巣くう。