夜叉の恋
三話 無垢
闇に塗り潰された森を駆け抜ける。
普段は己が内に潜ませているその強大な妖気も、少しばかり昂ぶっている感情の所為か滲み出ているらしく、恐れ慄き息を殺す森の住人達。
音も無く地面を滑るように走る妖が目指すものはただ一つ、人の子の匂い。
少女を連れ去ったのは上級の妖ではない。
その証拠に至る所に残る少女と妖の痕跡。
憎悪に満ちた獣の妖の気配だ。
一つ目の小鬼達の話は真実のようで、そして静自身の憶測もより真実味を増した。
というより、此処まで来れば正体など見えたも同然。
自ずとその目的すらも見えてくる。
確信した。
恐らく明け方には寧々の姿はこの世にはない。
魂も、黄泉には還れまい。
ーーそれは、余りにも哀れだ。
森を抜け、足を止める。
眼下には、まるで天から斧を振り下ろしたかのように綺麗に真二つに地を裂いた深い崖。
吹き上げる風に漆黒の髪が靡いた。
妖の目を以ってしても底の見えない程の深淵で、きっと己を信じて待っているだろう寧々の姿が脳裏に浮かぶ。
馬鹿が付く程に健気な娘。
それは、一晩共にするだけで十分に感じたこと。
静は躊躇うことなく地を蹴ると、深い闇の中へと身を投じた。