夜叉の恋
ーー目。
沢山の目が、寧々を見ていた。
闇の中で爛々と輝く飢えた目に、寧々はそれが人ではないと一瞬で悟った。
「……ッ……」
じり、と半歩後退る。
だが同時に一本踏み出す気配に、寧々は遂に動けなくなった。
ーー怖い。
共にいる静だって妖だ、人ではない存在。
だけど全然違う。
彼は神様と見間違えるくらいに神秘的で、奇麗で、深い藍色の瞳はとても優しく寧々を護ってくれる。
穏やかな夜色のひと。
だけど目の前で射抜く無数の目は只々冷たくて、血に飢えて渇いた目ーー。
違う。
静さんだったら、絶対にこんな目はしないーー!
同じ妖でもこうも違うのか。
傍でふわふわと漂う光の玉を見遣り、思う。
あなたはどっちなの?ーーと。
父と母が怒る姿が脳裏に蘇る。
ごめんなさい、と泣いて謝ったあの頃。
私、死んでもまた怒られちゃうのかな。
自身の小さな手足を見下ろすと、情けなくて涙が出て来た。
「父ちゃんっ……母ちゃん……っ」
父ちゃんが殺されて、母ちゃんが連れて行かれた時。
生贄に選ばれて、毒を飲んだ時。
私は何も出来なかった。
だけど、どうしても願ってしまったーー“生きたい”、それだけを。
そして今だって願ってしまうの。
生きたい。
私はまだ、死にたくないーーって。
どんなに言い訳しても駄目だった。
いざその時になると心臓が死にたくないって頑張るの。
助けて、助けてって。
「……静さん……」
名を呼んで、はっとした。
そうだ。
毒を飲んで死に掛けた自分を救ってくれたのは誰だった?
夕焼けの中、寧々が目覚めるまで待っていてくれたのはーー誰?
とくん。
ーー嗚呼、また。
生きたいと、心が叫んだ。