夜叉の恋
震える足をずり、と引き摺るように後退させる。
静が来てくれる保証なんて何処にもないし、確信だってない。
だけど決めたから。
静から要らないと言われるその時まで、何が何でも付いて行く。
ーー否、例え要らないと言われようとも。
一度は失くしたこの命、静の許以外で再び失くしてなるものか。
食うか食われるか。
無数の魑魅魍魎を前にして、寧々は心を奮い立たせた。
ーーもう、負けないっ。
汚れた白の小袖を翻せば、一斉に闇から飛び出す異形の者達。
大きいもの、小さいもの、虫のようなもの、獣のようなもの、人型のもの………こんなにも様々な妖を一度に見たのは生まれて初めてで、寧々は思わず「ひゃっ」と声を漏らす。
初めて見た妖が静、次はこの隣でふよふよしている光の玉。
そして三度目がこれらだとすれば、確かに驚いても致し方ない。
我先にと容赦なく牙を剥く妖に、寧々はどうしようかと困惑する。
大人達も振り切れない足で、それも夜の森で、この数多の妖を撒けるとは到底思えない。
体力だって火を見るよりも明らか。
そんな中で逃げるだなんて……、そう思っていた刹那。
「きゃあっ!」
突然足元を崩すように攻撃してきた胴の長い妖に、寧々はふらりと体勢を崩した。
倒れるーー!
思わず目をギュッと閉じようとして、思い留まる。
そして一か八かで手を伸ばすと、寧々を襲った妖の足を掴んだ。
大百足。
ぬめりとした何とも言えぬ感触に固唾を飲みつつ、寧々は掴んだ足を綱代わりにその背によじ登る。
「キシャアアアアア!!!」
気持ち悪くて仕方ないが、背に腹は代えられない。
寧々が暴れ狂う大百足の背に必死に掴まると、それに気付いた他の妖は一斉に大百足へと襲い掛かる。
そしてその背に乗る小さな寧々を狙うも、暴れ狂う大百足の所為で中々狙えない。
やがて妖達の攻撃に傷付き口から濁った液体を吐き出すと、大百足は痙攣しながら地面に巨体を打ち付けた。
その拍子に、寧々の手が大百足の背から外れる。
投げ出された寧々は地面に背中を強く打ち付け、苦しげに呻いた。
しかしこれ幸いと、そんな寧々に今度は矛先を向ける妖達の猛攻に、寧々は無理矢理立ち上がらなければならない。
ーーだが。
「いたっ……!」
投げ出された時に痛めたのか、寧々の左足に激痛が走った。