夜叉の恋
「そんな……」
寧々の表情が悲嘆に染まるのも一瞬で、すぐさま威勢良く立ち上がった。
左足を庇うようにしながら、小さな体を駆使して逃げる。
小枝が頬を引っ掻き、血が滲む。
左足がズキズキと痛む。
息が上がり、汗が目に染みる。
気が遠くなりそうな疲労の中、不意に目の前に現れた巨大な亀裂に寧々は慌てて足を止めた。
蹴り出された石ころが奈落の底へ吸い込まれて行く。
「……嘘……」
無理。
とてもじゃないけど飛び込めないし、越えられない。
落ちれば最後、それこそ静にはもう二度と会えない。
だけど……。
背後に迫る魑魅魍魎。
行く手にあるのは、ぱっくりと口を開けた巨大な亀裂。
その時だった。
寧々を追う一匹の妖の尾が、近くにいた小さな妖に直撃したのだ。
小さな体は宙へ叩き出され、それは真っ直ぐに寧々の方へと飛んで来た。
「あっ……!」
思わず差し伸べた手。
今にも奈落へと落ちようとした体を抱き留め安堵したのも束の間、ずきりと左足が疼いた。
ぐらりと傾く寧々の体。
そのまま吸い込まれるように、寧々は小さな妖ごと闇へと消えた。
残された光の玉は暫し逡巡するような仕草を見せた後、ふわりと寧々の後を追った。
「オイ、早ク起キロ人間」
そんなしわがれた声と同時に容赦なくぶっ掛けられた水に、寧々は「うわぁっ!」と叫びながら飛び起きた。
「何するの!」
「イツマデモ寝テルカラダロ」
そう言いながら憮然とした態度で仁王立ちしているのは、一つ目の小さな小鬼。
本当に小さな小鬼だ。
寧々の頭程しかない。
「え、ちっさい」
「誰二口利イテンダヨ、テメェ!」
「いたっ!」
スパーン!と飛び上がった小鬼に頭を叩かれる。
「誰にって……」
「人間風情ガ舐メタ真似ヲスルナ」
寧々の脳裏にキャンキャンと吠える子犬が過った。
思わずくすりと笑うとまた叩かれたので、寧々は取り敢えず謝ると頭上を見上げた。