夜叉の恋
赤い瞳の金色の獣。
轟音と砂埃と共に降り立ったその妖の生臭い息が、俯いている寧々の栗色の髪を撫でた。
大きな三本の尾が天へ聳り立つように蠢く。
ゆっくりと顔を上げた寧々は、その姿を目にするなり元より大きな目を更に大きく見開いた。
栗色の瞳に映る巨大な妖ーー。
月夜に現れた金色の毛並みを持つ獣。
三尾の妖孤。
寧々の脳裏に、蘇った。
ーー村を襲った、憎悪に狂った二尾の妖孤の姿が。
「あ……なた……は……」
力ない声で呟く。
忘れようもない。
村人によって自分はこの妖孤に生贄として捧げられたのだから。
ーーそれなのに。
寧々の頬に、一筋の涙が伝った。
「まだ……苦しんでいたの……」
止め処なく溢れる涙で妖孤の姿が霞む。
寧々は気怠い体を引き摺るようにしてゆっくりと立ち上がると、覚束ない足取りで吸い寄せられるように妖孤の許へと歩み寄る。
ーーすると、くん、と袖を引っ張られる感覚。
見下ろせば小鬼が寧々の袖にしがみ付き、正しく鬼の形相で牙を剥いていた。
「貴様ハ阿呆カ! 魂ヲ持ッテ行カレルノガ分カラナイノカ!」
「小鬼さん……」
「今スグ下ガレ!」
小鬼の言葉に偽りはない。
それは一目で分かったし、勿論その言葉も十分に理解出来た。
だが寧々は柔らかく微笑むと、ゆっくりと頭(かぶり)を振った。
「ーー私、この子と話がしたいの。小鬼さん……」
「心配してくれてありがとう」ーー寧々のその言葉に、小鬼は逆毛を立てて袖から手を離した。
「誰ガ心配ナンカスルカヨ! 阿呆ハサッサト、クタバリヤガレ!」
そっぽを向いた小鬼に背を向け、寧々は止めていた足を動かし妖孤の正面まで歩みを進める。
そして寧々の体をすっぽりと覆う程の影の持ち主を仰ぎ見て、憎悪に燃える赤い双眸と視線を交えた。
走馬灯のように駆け巡るのは、“あの日”。
怨霊のように暴れ狂う妖孤。
まるで虫けらのように殺され、そして食われた多くの村人。
耳を劈くような赤ん坊の泣き声と悲鳴。
真っ赤な炎。
ーー『生贄が、必要なのだ』
刹那の間に駆け巡った記憶達を映した栗色の瞳は真っ直ぐに妖孤の姿を映し、そして涙を流した。
「可哀想に」、と。