夜叉の恋
「……オ前、ヤッパリ脳ミソ腐リ落チテルナ」
「ええっ!?」
小鬼の予想外の辛辣な言葉に、今度は寧々が奇声を上げる番だった。
「腐り落ちてなんかないよ!」
頬を膨らまし腕を組んで拗ねたように切り返す寧々。
そんな寧々を「ハッ」と鼻で笑い飛ばし、小鬼は小さな体を目一杯ふんぞり返して言い放つ。
「アレダケ禍々シクテ強大ナ妖気ダ。角ハ隠シテルガ鬼……ソレモ、大鬼ノ類デアルコトハ分カルダロ」
「分からないよ」
きっぱりと言い返した。
「それに、大鬼っていう程、静さん大きくないよ。確かに村の男の人達に比べたら大っきいけど」
寧々の言葉に、小鬼は「オイ!」と声を荒げて再度寧々の膝に飛び乗った。
「オ前、モシカシテ“身長ガデカケレバ大鬼”ーーナンテ思ッテナイヨナ?」
「? そうじゃないの?」
「ド阿呆!!」
思いっきり寧々の頭を叩いた。
「痛い!」と声を上げる寧々。
「もうっ、何でそんなに頭叩くの!?」
「オ前ガ寝惚ケタコトバッカリ抜カシテルカラダローガ!」
「私人間だもん! 鬼のことなんて分からないよ!」
「鬼ト生活シテルダロ!?」
「鬼って知らなかったんだもん!」
「訊ケヨ! マサカ、妖トイウコトスラ知ラナカッタ……トハ言ワナイヨナ?」
「知ってるよ! 静さんは優しい妖なの」
「優シイ!? ……ヤッパリ脳ミソ腐リ落チテルゾ、オ前……」
元から土色の良くない小鬼の顔色が更に悪くなる。
心なしか震えているような気さえする。
そんな小鬼の反応に、寧々は怪訝そうに小首を傾げた。
「優しかったでしょう? 助けに来てくれたし」
胸が苦しくて頭にもやが掛かったような感覚の中、寧々は確かに静の姿を見た。
いつも見ている、大きな背中を。
小鬼だって見ているはずだ。
現に今、助けて貰って此処にいるのだから。
それなのに何でこうも怯えているのか……寧々には全く分からない。
優しい妖じゃないと、きっとあんな所まで助けに来てくれない。
一方、小鬼はそんな寧々を見遣りながら思う。
この少女は勘違いをしている。
確かに少女を助けに来た鬼は、少女から見れば優しい存在だったのだろう。
だが、少女は……寧々は見ていない。
“敵”を相手にした静の姿を。
あれこそが本来の姿であることを、寧々は知らないのだ。
あの瞳、あの妖気。
思い出しただけで鳥肌が立つ。
嗚呼、嫌だ。