夜叉の恋
「どどどどうしよう、小鬼さん!」
わたわたと助けを請うように擦り寄る寧々から逃げながら、「知ルカ!」と一喝する小鬼。
「心配スル前ニソノ阿保ナ頭ヲ何トカシロ!」
「阿保!? 阿保じゃないもん!」
「自覚ナシノ馬鹿カ! 阿保デ馬鹿トハ救イヨウガネーナ!」
「何でそんな意地悪言うの〜! ねぇ、何で? 何で捨てられちゃうの? 私が迷惑掛けたから? 足手纏いだから?」
「アーッ! 五月蝿イッ!」
ダン!と小さな足で床を踏み鳴らすと、小鬼は寧々を睨み据えた。
「寧々」
「あ、私の名前。知ってたんだね」
「五月蝿イナ! 黙ットケ、オ前ハ!」
「……はーい」
しぶしぶ口を噤み、寧々はどうぞ続けて、と目で訴える。
「イイカ? 鬼ニ捨テラレタクナイナラ、コレダケハ守レ」
「分かった」
「一ツ、怪シイ奴、知ラナイ奴ニハ付イテ行カナイ」
「うん」
「二ツ、クダクダ抜カサナイ」
「……うん」
「三ツ、鬼ノ許可ナシニ一人デ行動シナイ」
「え。でも……」
「返事!」
「……はーい……」
不満たっぷりに返事をして、寧々は「終わり?」と小首を傾げる。
「なーんだ、簡単だね♪」
さも大したことなさそうに伸びをする寧々に、「オイ!」と即座に突っ込む小鬼。
「コンナ簡単ナコト赤ン坊デモ分カルゾ! ソレヲ、オ前ハ……十歳ニモナッテ……」
「七歳だもん」
「ドウデモイイ! シカモオ前、コノ三ツスラ守レテナカッタダローガ!」
「……それは……うん」
口を尖らせて素直に頷く寧々に、小鬼は腕を組んで溜息を吐いた。
「オ前ノ命ヲ救ッタノハ、アノ鬼ノ判断ダ。気紛レカモシレナイガ、ソノ時ハ確カニ生カス為ニ助ケタ。違ウカ?」
「……違わないと思う」
「ソウダ。ダカラ、オ前ハ……」
不意に途切れた小鬼の言葉。
固まってしまった小鬼の大きな一つ目の前で、寧々は手をひらひらと振ってみる。
ーーと、不意に小鬼の瞳の中に映る影。
よく知るその姿に、寧々は慌てて振り向いた。
「静さんっ!」
弾けるように笑顔を浮かべて立ち上がろうとしたが、忘れていた左足の痛みにかくん、と膝が折れる。
倒れ掛けた寧々の小さな体は、床に触れるよりも前に、静の腕に抱き止められた。
「あ、ありがとう!」
慌てて礼を述べる寧々から視線を下にずらし、静は腫れた足首を見遣る。
「……折れたか?」
「え、ううん。たぶん挫いただけ。大丈夫だよ」
「そうか」
返事をしながら寧々をしっかりと立たせると、静はその場に跪いて寧々の足首に触れた。
「静さん?」
「……折れてはいない、が。恐らく少しヒビが入っている。挫いた後無茶をしただろう」
静の言葉に、「う」と言葉を詰まらせる寧々。
「……逃げなきゃいけなかったから……」
小さな声で、静の様子を窺うようにして答える寧々に、静はふぅ、と溜息を吐いた。