夜叉の恋


静の溜息に、寧々はびくりと肩を竦める。

小鬼の言葉が脳裏に蘇った。

捨てられるぞ、とーー何度も反芻される。


「……寧々」

「っ! は、い」


不意に名前を呼ばれ、思わずぎこちなく返事をしたその様子に静は首を傾げた。

いつもの寧々らしくない、と。

懸命に自分よりも背の高い静を仰ぎ、くりくりと栗鼠のような丸い目で真摯に見つめ、いつも賑やかに喋る口は真一文字にキュッと閉じ、まるで今から戦でも始まるかのような緊張した面持ち。

そこでふと思い当たり、寧々の背後で固まる小鬼に目を向けた。


ーー貴様か。


「おい、そこの一つ目」


自分の方に藍色の鋭い瞳が向けられたかと思えば、突然呼び掛けられ、文字通り小鬼の小さな心臓は大きく跳ね、思わず「ヒッ」と小さく悲鳴が漏れた。


「寧々に何かいらんことを吹き込んだだろう」

「エッ」


……この反応、やはりか。


静はカチコチに固まっている小さき者二名を見下ろし、再度溜息を吐いた。

確かに自分は妖であり、鬼であり、更に一角鬼の大鬼だ。

対して寧々は脆弱で、おまけに誘いにホイホイ付いて行くような人の子であり、手を煩わされているのは事実。

そしてそれを寧々に伝えたであろう小鬼は、自分よりも強大である静を畏怖する身であり、同族の小鬼共に比べて少しばかり知能が優れ口が達者な様子。

静が姿を見せるまで何やら必死に力説していたことは知っている、というか聞こえていた(内容にまでは耳を傾けていないが)。

それら一連のことを思い起こし、静は徐に口を開いた。


「ーーそう身構えなくていい。私は訊きたいだけだ、寧々。何故、危険を承知した上でお前が妖の誘いに乗ったのか」


確かに。

静の目は嘘を言っているようにも、責めるようにも、何故付いて行ったんだ阿呆と言っているようにも見えない。

ただ知りたいーーそう、言っているよう寧々には見えた。

寧々は真一文字に閉じていた唇を薄らと開いた。

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