夜叉の恋
はっと気付けば辺りはもう暗く、少女は飛び起きて森の中を見渡した。
いけない、眠ってしまった。
村の子供は愚か大人も決して近付こうとしない夜の森。
空を仰げば幸い月は出ていて真っ暗ではなかったが、遠くから聞こえる狼の遠吠えや梟(ふくろう)の鳴き声に少女の身は縮こまる。
「……帰らなくちゃ」
慌てて立ち上がると、少女は早足で墓というには余りにも見窄らしい父のそれの前を後にした。
夜風に木々の葉は擦れざわざわと音を立て、そんなはずはないと分かっているのにまるで誰かに見られているような嫌な感じ。
振り返るのも何だか恐くて、少女は無心に森の中を抜けて行く。
早足はいつしか駆け足へ変わり、やがて得意の足で全速力で駆け抜ける。
そして出口。
村の灯りがぽつぽつと見え始め、少女は胸を撫で下ろした。
ゆっくりと足を緩めて少女は村の外れへと向かうと、家とは到底呼べないような辛うじて雨を防げる程度の我が家へ入った。
ひとりぼっちになって村を追い出された後、自分で何とか建てた住処。
村にある豚小屋から少し拝借してきた藁の乱れを直すと、少女はそこに寝転がり体を小さくして目を閉じた。
冷たい風が幼い体温を容赦なく奪っていく。
冬は越せたんだもの。
きっと、大丈夫。
そして再び少女が眠りに就こうとしたその時──村の櫓(やぐら)番が鳴らす警鐘がけたたましく響き渡った。
「物の怪だー!! 物の怪が出たぞー!!」
静まり返っていた村に緊張が走る。
少女も慌てて家から顔を出せば、村の若い男達が血相を変えて怒号を撒き散らしながら農具を手に取る光景が目に飛び込んできた。
赤ん坊の泣き声が耳をつんざく。
そして遙か前方──物見櫓から離れた所に、人ならざる姿をした何かが物凄い勢いで村へ突っ込んでくるのが見えた。
大きな二本の尾。
憎悪に満ちた赤い眼。
口から覗く鋭い牙。
化け狐だ。