夜叉の恋
「……私……」
小さな声で、ぽつりと言葉にする。
「私、狐さんが悲しんでいるように見えたの……。最初に会った時は人魂みたいな光の玉でね、その時も、おっかない狐さんの時も」
「……悲しんでいる?」
「うん、何でかは分からないけど。だから、何て言うのかな……」
少しばかり考えるような素振りを見せた後、寧々はバツが悪そうに「何となく」と小さな声で上目がちに答えた。
その答えに、小鬼はゲッと言うような顔をする。
貴様は何をそんなに恐れているのか。
寧々の答えを咎めることなく、静は「そうか」と頷いた。
かの狐と対峙した時を思い出す。
瘴気を振り撒き、怨嗟の念に飲み込まれ半ば自我を失った三尾の妖狐ーー。
嘗て名を馳せた稀代の悪鬼、酒呑童子にも負けず劣らずの凄まじいその禍々しさは、哀れとは思いこそすれ、悲しんでいるようになんて早々思わないだろう。
だが、寧々を誘った妖狐が遣わせた魂。
それはきっと狐火で、妖狐がこれまで喰った者の魂を核にした火玉ーー。
案内役にでも寄越したのだろう。
今頃、恐らく消滅しているはず。
寧々には伝えず、静はそっと心の内に伏せた。
哀れな人の子だけが感じ取った、奴の、そしてその使役する魂の悲しみ。
同調、したのかもしれない。
こんなにちっぽけで明るい娘だが、その過去を思えば、もしかしたら近いものがあったのか。
寧々とそのような黒い感情が結び付くことを静自身は想像し難いが、両者に言えることは人の子と動物の妖、つまり両者共無垢であるということ。
無垢であるということは、必ずしも良い訳ではない。
無垢とは、何よりも染まりやすい。
そう、まるで澄んだ小川の水のように、雨が降れば泥に濁り、冬になれば凍り付き春が訪れるまで流れることはない。
ーーもう現れるなと、忠告はした。
それはきっと、正しかったのだろう。
物憂げに俯く寧々を見遣り、改めてそう思った。