ノラ猫
お願いだよ、智紀。
これ以上あたしを抱きしめないで。
智紀に触れられたら、せっかく押し殺したはずの感情が、再びよみがえってくる。
桜の木の下で
あたしは必死に願った。
幸せだった時の感情を消して。
智紀と過ごした日々の感情を……
好きだと自覚したあの気持ちを……
全てあたしの中から消してほしい。
そうすれば、にいさんにされてたことも、苦痛に感じないから……。
優しさを知らなければ、恐怖も知らなくて済むから……。
「凛は全然汚くなんかないよ」
そう言って、智紀はあたしの髪をかき分けた。
掻き分けられた前髪から、智紀の顔がよく見える。
サファイア色のビー玉のような瞳。
優しい微笑み……。
「汚い。見たでしょ?」
「関係ない。凛は汚れない」
「そんなことっ………っ!?」
言葉は続かない。
続けられない。
あたしの唇は、智紀の唇によって塞がれていた。