ノラ猫
 
「明日にでも記憶は戻るかもしれない。一か月後かもしれない。
 もしかしたらそれ以上……」

「……」


そのあと、何を言いたいのかは、言葉を続けられなくても分かった。

もしかしたら、一生戻らないのかもしれない。


「智紀……本当はあたしのこと、忘れたかったのかな……」

「そんなことないよ」

「だって……」


じゃあ、どうしてあたしの記憶だけ抜け落ちちゃったの……?


智紀はあたしと出逢ったことで、しなくてもいい苦労をたくさんした。
今回の事件だって、あたしさえいなければ、こんなことにはならなかった。

全てを忘れて
出逢わなかったことにしてしまえば……。


「凛ちゃん」
「……大丈夫、です…」


遠くどこかへ行ってしまいそうな、心にぽっかりと穴があいた感覚。

不安そうに見つめる雄介さんを、微笑んで強がった。


「だけど今日は、もう会わずに帰りますね……。
 多分、智紀も混乱してると思うから……」

「……ああ」


せっかく、目覚めることができた智紀。
だからこれ以上、負担はかけさせたくなかった。


大丈夫。
あたしがちょっと我慢すればいいだけだから……。
 
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