ノラ猫
 
途端に泣きそうになった。

分かってはいたけど、やっぱり辛い。

智紀はパッとあたしから目を逸らすと、また雄介さんへと向き直ってしまった。


「何照れてんだよ。せっかく彼女が見舞いに来てくれたって言うのに」
「…べつに照れてねぇよ」
「またまた」


わざとこの場の空気をなごますように、雄介さんが明るく話してくれる。

あたしも何か話さないと……。


「智紀、具合は?」
「普通。傷口もそんな痛くないし」
「そっか……」
「……」


会話を振っても、続かない。

智紀が、目を合わせてくれない。


それもそうだよね。
智紀にとっては、あたしは知らない女の子。



「あ、たし……花瓶の水、変えてきますね」



この場にいるのが耐えられなくて、棚に置いてあった花瓶に手をかけた。


もう嫌だ……。
 
< 186 / 258 >

この作品をシェア

pagetop