ノラ猫
 
「え?」
「なんだか、すごく泣きそうな顔してますよ」


そう言って俺に声をかけてきたのは、
俺よりいくらか年下であろう、黒髪の綺麗な女の子だった。


「……俺、そんな顔してる?」
「はい。こっちまで切なくなりそうです」


思いがけない言葉に、言葉を失った。


「あ、いきなりごめんなさい。
 あたし、同年代の人がいると、つい声をかけたくなっちゃって……。
 樋口綾香といいます」


樋口綾香(ひぐち あやか)。
彼女はそう名乗った。


「……横川、智紀」

「智紀さんですね。こんにちは」


そう言って、彼女はパッと笑顔を見せた。


花のような笑顔。
まさにそれがピッタリの笑顔だった。


「智紀さん、そんな顔ばかりしてると幸せ逃げちゃいますよ?」

「……」


幸せ……。
その言葉に、なぜか引っかかった。


(どうしよう……。
 あたし、今絶対に幸せ)


誰かに……
そう言われた気がする。
 
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