ノラ猫
「な…んで……」
「俺も。すげぇ不思議」
そう言って、あたしの好きな笑顔で微笑む。
だってここは、あたしと智紀の出逢った場所。
だから記憶がない智紀が、知っているはずがない。
「不思議だよな……。
頭ではなんも覚えてねぇのに、足が勝手に進んでた。
凛がいるのはこっちだって……」
「……」
頭が覚えていなくても
体が覚えているってこと……?
でも……
なんで……こんなに追いかけてくるの……。
「凛」
名前を呼んで、一歩踏み出す智紀。
瞬間、体がビクッと震えて一歩下がった。
「こ、ないで……」
首をふるふる振って、智紀を拒む。
もう期待するのは嫌。
これ以上幸せだったときの感覚を思い出すのは嫌。
そんなの、残酷なだけなんだから……
それでもなお、智紀の足が止まることはなくて……
「や、だっ……」
「……」
グイと引かれた腕。
あたしの体は、智紀の腕の中に抱きしめられていた。