ノラ猫
「ただいま」
夜の8時。
昨日より少し早めに智紀が帰ってきた。
今日は昨日と違って、寝室ではなくリビングで彼を待つ。
「電気くらいつけろよな」
部屋に入ってきた智紀は、あたしの姿を見て驚きの声をあげた。
一日ソファーに座って時間を過ぎるのを待っていた自分。
まるでそれは、飼い猫のようにご主人様を待っているようだった。
智紀は電気をつけると、上着と鞄を置いて、あたしのもとまで近寄ってくる。
「熱は?」
「計ってない」
「計れよ」
体温計を手にするのが怖かった。
熱なんて、計らなくても、今の自分の体温くらい想像がつくから……。
渡された体温計に、ゆっくり手を伸ばしてスイッチを押した。
脇に挟んで、電子音が鳴るのを待つ。
永遠にならなければいい。
そんなバカみたいなことを考えてる。
だけどそんな願いは虚しく、1分も経てば無機質な音が鳴り響いた。
「何度?」
「36.2」
「下がったな」
体温は、あたしが予想した通りだった。
平熱。
もう……
ここにいる意味がなくなった。