ノラ猫
病室の扉に手をかけて、そのまま立ち去ろうと思った。
だけど一つ。
どうしてもこれだけは伝えておきたいことがあって……。
「綾香」
「……んー?」
俺の呼びかけに、一瞬だけビクッと肩を震わせたけど、綾香は窓辺へと顔を向けたまま。
その横顔に言葉を続けた。
「綾香にはどう映ってたか知らないけど……
でも綾香と過ごした時間は、間違いなく俺にとって元気になれる大事な時間だったよ」
「っ……」
「ありがとな。
手術、頑張れ」
「……うん」
そして今度こそ、病室の扉を開けて、一人廊下へと出て行った。
ドアが閉まった瞬間に聞こえた、綾香のすすり泣く声。
残酷な言葉を吐いたかもしれない。
自分勝手だと思われたかもしれない。
だけど記憶を失って
凛とのことで追いつめられている心に
灯りをともしてくれたのは、間違いな綾香の存在だった。
気持ちに応えてあげることは出来ないけど
彼女の手術が成功するようにと、心から願う……。