ノラ猫
「このココア……。お母さんを思い出す」
「……そっか」
「だから好き。
もう二度と飲めない味だから」
「……」
大好きだったココア。
それ以上に大好きだった……お母さん。お父さん。
そっか……。
あれからもう5年以上経っていたんだ……。
「両親……死んだの。事故で」
「……」
「これから話すことは、ただの独り言だから……。
嫌なら離れて」
「いいよ。全部聞いてやる」
話すことは正直怖い。
だけど彼には聞いてもらいたいと思った。
こんなあたしに、救いの手を差し伸べてくれた人だから……。
あたしが今、どうしてこんな生活を送っていたのか……。
どうして世の中に絶望していたのか……。
智紀には、聞いてもらわないとって思った。
「どこにでもいる、普通の家庭。
裕福でもないし、特別なものなんてない。
だけどお父さんとお母さんと暮らすその生活が、何よりも幸せだった」
目を閉じて、あの日に遡った。
人生で、一番幸せで……
一番思い出したくない過去。