ノラ猫
しばらくして、外に出た。
初めて持たされた、人の部屋の合鍵。
誰かの家に行くことはあっても、こんな得体のしれない女に、鍵まで渡すようなバカな男はいない。
だから久々の、家の鍵というアイテムに、なんだか少し気分が浮かれた。
「なーにしてんの?」
駅前まで出て、突然声をかけられた。
反射的に顔を上げると、黒いスーツを着た、見慣れた身なりの男。
「学生?フリーター?
よかったら、うちで働かない?今の収入よりずっともらえるよ」
いわゆる、キャバクラのキャッチだった。
「興味ない」
「そんなこと言わずにさー。君ならナンバー1も夢じゃないって!」
「興味ないから」
そっけない態度をとっても、隣に並びながら話を続けてくるしつこい黒服。
もう一度きっぱりと言い放つと、向こうも言葉をつぐんだ。
「じゃあ、キャッチとかじゃなくて、個人的に俺と遊ばない?」
「……」
ここまで言われ、ピタリと足を止めた。
顔を上げると、ニコニコと笑顔を向ける男。
少し前なら、その言葉はいい誘い文句だった。
たとえその先に、お店が待っていたとしても、一日だけ居座らせてくれれば十分だったから。
だけど今のあたしにとって
そんな言葉は何も惹かれることはなくて……
「興味ない」
もう一度、きっぱりと伝えて、男の前から立ち去った。