ノラ猫
「ただいま」
8時を回る手前で、部屋のドアが開いた。
ドキンと心臓が高鳴る。
「ただいま」
まるで何かを催促するかのように、人の目の前に立ってじっと見つめてくる。
え、何……?
「っ……」
何も答えないあたしに、智紀はぎゅっと鼻をつまんできた。
「ただいまって言ってんだろ」
「ぁ……おかえり、なさい……」
「ん。ただいま」
そうか……。
ただいま、と言われたら、おかえりと答えるのか……。
そんな当たり前のことすら、忘れていた。
「腹減ったー」
「……できてるよ」
「え。マジ?」
自分が作れと言ったんじゃないか。
一言答えて、キッチンへと身を隠す。
うならせてやろうとは言ったけど、果たして本当に、智紀が満足する料理になっているだろうか……。
ドキドキする鼓動を抑えながら、
すでに温めるだけとなった料理に再び火をつけた。