ノラ猫
 
「おか、しいよね……あたし。
 さっきから震え、止まんないの……」


マグカップを握り締める手は、ココアのおかげであったまったはずなのに、体中の震えは止まらない。

必死に消し去ろうとしているあの男の存在が、頭の中でほくそ笑んでる。


「もう……怖いなんて感情、なくなってると思ってたのに……。
 あの男にいいようにされたって、何も思わなくなっていたはずなのに……」


家を出る寸前のあたしは、本当に人形のようだった。

怖いとか、嫌だとか、そんなことすら思わなくなって……。
にいさんに触れられる手も、それ以外の男たちに乱暴に扱われることも、全部何も感じなくなっていた。

それなのに……



「当たり前だろ。
 お前はただの女なんだから」



いまだにガクガクと震えるあたしを、智紀はグイと引き寄せた。


「あの時のお前が、おかしかったの。
 世の中の全てを拒絶して、何一つ期待もしていなかったから……。
 嫌なことも嫌と思わないほど」

「……」

「好きでもない男に触れられて、恐怖を感じるのは当たり前なんだよ」


震えが、少しずつ治まっていく……。
 
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