ノラ猫
「じゃあ……不思議だね」
「何が?」
「あたし今、智紀とこんなに近い距離にいるのに、それは嫌だなんて微塵も感じてない」
「……」
抱きしめられているこの体勢。
胸の鼓動も聞こえて、話される声からは吐息すらも感じる距離。
好きでもない人にこんなことをされたら怖くなる。
嫌だって思うはず。
だけど今のあたしに、智紀から触れられることを嫌だと感じる気持ちはどこにもなくて……
それどころか……
「もっと触れたいって思うのは……なんでかな」
この手に触れられることで、自分が守られている気がして、ぎゅっと抱きしめ返した。
「……お前、ふざけんなよ」
「え?あ、ごめん」
「いいから」
文句を言われて、自分がしてしまった行動をやめようと手を離そうとした。
だけどそれを遮るように、智紀の腕の力は強まっていく。
「覚えとけよ」
「何を?」
「自覚したとき」
「え?」
全く意味が分からなくて、ただただ胸の中で首をかしげた。
気づけばさっきまで止まることがなかった体の震えはなくなっていて
智紀の温もりと匂いに安らぎを感じている。
「仕事、今日は直帰でよかった」
「……うん」
いつもより早かった帰宅。
運さえも、もしかしたら今は、味方してくれているのかもしれない。