ノラ猫
力の限り抵抗しても、
あたしの力なんか何もないかのように、その男には敵わない。
「ともっ……」
智紀の名を呼ぼうとした瞬間、口元を抑えられたガーゼ。
異質な匂いを感じたと思ったら、意識が突然遠のいていく。
「出せ」
「かしこまりました」
力をなくしたあたしは、容易に車に押し込まされて、
ただ前に座るおじさんの冷淡な声が耳に入ってくるだけ。
車はすぐに発進して
マンションが遠ざかっていくのを感じる。
助けて……。
智紀……助けて。
心の叫びが、彼に届くことはない。
飼い主が現れたノラ猫は
元の家へ帰らないといけないのだ。