うそつきは恋のはじまり
「……あ、れ?」
「ん?おい川崎、あれって」
それはなぜか彼方くんの姿で、彼は携帯を片手に視線をこちらへと向けた。
「七恵、おかえり」
「かなたくん、なんで……」
「早めに抜けられたから会いにきた……ってメール入れたんだけど、見てない?」
笑顔で首を傾げる彼に、すっかり忘れていた携帯の存在を思い出しバッグのなかから取り出すと、そこには『受信メール一件』の文字。
ぜ、全然気付かなかった……!驚きについ酔いも冷める。
「七恵また飲みすぎたの?大丈夫?」
「え?う、うん……わぁっ!」
すると彼方くんはこちらへ近付き、北見さんの手から私を奪うと、そのままいとも簡単にお姫様だっこの形で抱き上げた。
「か、かなたくん!?」
「そんなフラフラな足元じゃ危ないでしょ」
「だっだいじょぶ……おもいでしょ!?おろしてー!」
「重くないよ、大丈夫」
大丈夫って、そんな……いきなり抱き上げられるなんて!細く見えて意外と筋肉ある……って、それより!絶対重いよ!日頃からもうちょっときちんとダイエットしておけばよかったー!
「えーと、七恵の先輩でしたっけ。お手数おかけしてすみませんでした」
「あ、いや気にしないで、慣れてるから。これ、川崎の荷物な」
「ありがとうございます、じゃあ」
パニックになりながらも、彼方くんの北見さんとのやりとりを見て、ふと気付く。
あ、れ?彼方くん……笑ってはいるけど、なんか違う。
「あの、かなたくん……?」
戸惑いながら呼ぶ名前にも彼は無言で歩き出し、アパートの階段を上り部屋へ向かう。
「鍵、どこ?」
「あ……バッグの、なか」
「勝手に取るね」
そして淡々と私のバッグからケティーちゃんのキーホルダーがついた鍵をみつけると、開けて部屋へと入った。アパートの下にいる北見さんには、それ以上目もくれずに。
外を遮るように、バタン!と大きな音をたてて。
「……あれのどこが、天使なんだか」