うそつきは恋のはじまり
その日の夜、20時。帰る人や出かける人でにぎわう駅前の広場では、その中をバタバタと走る私の姿があった。
まさかこういう日に限って残業になるなんて……!
彼方くんもう来てるかな、待たせていないかな。そう焦る気持ちから、ブーツの足元はドタバタとうるさい音を立てる。
「あれ?いない……」
駅の前まで来て辺りを見渡すものの、そこに彼方くんの姿はない。
どうしたんだろう……とスマートフォンを確認すれば、そこには彼方くんから『ごめん、少し遅れそう』というメールが、10分ほど前に来ていた。
なんだ……そうだったんだ。走ってくるのに夢中で気づかなかった。
走ったおかげで、冬だというのに額ににじむ汗を指先で拭うと、駅前の壁際に立った。
彼方くんが来るまでの間、軽く化粧直しでもしておこうかなぁ。バッグの中の化粧ポーチを探そうとした、その時。
「七恵」
名前を呼んだのは、彼方くんの声とは違う。少し高い、聞き覚えのある声。
顔を上げ目の前の姿を確認すれば、そこにいたのは先日も街で見かけた彼。靖久だった。