俺の魂を狂わす女
俺は目を閉じていたが

エンジンが止まり車内が静かになったのがわかった。

彼女がシートベルトを外したのも音でわかった。

身じろぎしない俺のすぐそばに彼女がいるのもわかった。

なぜ声をかけてこないのかもわかった。

彼女はじっと俺を見ているのだ。

それは気配でわかった。

自分が今なぜこんなところにいるのかを考えるためにだろう。

たぶん。

明確な答えが出ないようだ。

微かに衣ずれの音がして

彼女はようやく声を発した。

「日高さん。」

「ん、着いた?」

俺は窓の外に目を向けた。

「着きましたわ。」

そろそろ夕暮れの時間だ。

冬は陽が短い。

「ありがとう。今日は助かったよ。」

「いえ。」

「ふぅ、自分が思うより結構クる。接触されて吹っ飛んだのを身体が覚えている。」

彼女は小さくうなずいた。

俺のつぶやきを黙って聞いていた。

横にいる彼女を見た。

俺は右手でそっと彼女の顎に触れた。

「玲香、部屋に入れたいが、今日の俺は役立たずだ。言ってる意味がわかるだろ?」

親指で軽く下唇を撫でた。

彼女はうっとりと目を閉じて言った。

「ちゃんとわかってます。」

「よし。じゃ、気をつけて。ありがとう。」

俺は車を降りてマンションのエントランスへ歩いた。

ガラス戸に手をかけて振り向いたら

プジョーがウィンカーを出して発進するところだった。

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