じゃあなんでキスしたんですか?


 
霧状になったコーヒーが課長の口から噴霧器のごとく噴出し、ぎょっとする。

「だ、大丈夫ですか」
 
咳き込む様子をおろおろしながら見ていると、課長は大きな手で口をぬぐった。

「いきなり何の話をしてんだ……」
 
呆れたように言われ、あわてて弁明する。

「いや、実は、桐谷さんに『成長してから来い』って言われて」
 
階段での出来事をつぶさに報告すると、森崎課長は缶コーヒーを握りしめたままの手の甲を額に当て、脱力するように吐息を漏らした。

「桐谷が言いたかったことは、そういうことじゃないと思うぞ……」

「え?」
 
白い床に点々と散ったコーヒーのしぶきは三メートル先の壁際まで到達していて、課長の驚きぶりを物語っている。

それを見つめながら、森崎課長本人は低い声を続けた。

「小野田のやりたいことが、きちんと桐谷に伝わってなかったんじゃないか?」

「え……」
 
コーヒーの甘い香りをともなって、艶のある声がわたしに柔らかく刺さる。
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