じゃあなんでキスしたんですか?

 
右手で頭をくしゃくしゃと引っ掻き回す姿が、悲しかった。
 
森崎さんは、あきらかに後悔している。

「すまない……」
 
力のない彼の声に、わたしはますます肩を縮めた。
 
びっくりしたけど、嫌じゃなかったんです。
 
むしろわたしは……嬉しかったんです。
 
だから。

「謝らな――」

「忘れてくれ」
 
森崎さんの声は、急に芯が通ったみたいにはっきりしていた。

「悪いけど、全部忘れてほしい」

「え……」
 
ぐっと異物を詰め込まれたみたいな、喉の痛み。
 
あれは喉じゃなくて、もしかすると、わたしのからだの中のどこかにある感情が、悲鳴を上げたのかもしれない。

「すまない。忘れてくれ」
 
頭を下げてそう繰り返す森崎さんの声は、低くて、甘くて、するどく尖っていた。



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