じゃあなんでキスしたんですか?
「要席替えだと思うのです」
だって課長の真正面の席じゃ、油断するとすぐに彼の姿が目に入ってしまう。
「いったいどうしろと言うのぉぉ」
「なにぶつぶつ言ってんのよ」
すぐ傍らで響いた甲高い声にびくっと背中が伸びる。
となりの席の大橋先輩は、今日も全身抜かりがない。さらりとしたシフォンのノースリーブから惜しげもなく細い腕をのぞかせている。
「お、大橋さん、おはようございます」
「あ、そういえばあんた、土曜日はちゃんと任務を遂行したんでしょうね」
「えっ」
わたしの返事を聞く前に、大橋さんは斜め前の席に身を乗りだす。
「森崎さん、このあいだの打ち上げでは散々でしたねー。無事に帰れました?」
「わああ」
あわてて細い腕に取りすがると、彼女は眉間にしわを寄せてわたしを振り払った。
「ちょっと何よ、暑苦しい」
「い、いえ、その、あの日のことは」
「ああ、無事に帰ったよ」
感情の揺れがないまっさらな声に、動きを止める。