じゃあなんでキスしたんですか?
蛍光灯の光をぴかぴか反射するフロアに降り立つと、ふたりはだいぶ先を歩いていた。
時計屋に立ち寄ってなにやら用事をすませ、エスカレーターをのぼって催事場に向かい、物産展を見て回っている。
わたしは尾行を続けながら、誘惑に勝てず、威勢のいい売り子のおじちゃんやおばちゃんと話をし、おすすめの漬物や佃煮の試食を楽しんでしまった。気がつくと両手に買い物袋がさがっていて自分で驚く。
はっとして、あたりを見回した。
頭ひとつ飛び出した長身の男性は、どこにも見当たらない。
血の気が引いた。
「うそ、見失った!?」
あわててフロアを見渡す。人が溢れた通路を強引にかき分けて、森崎さんの後ろ姿を探した。
まさか迷子になった子供みたいに彼の名前を呼んで捜し回るわけにもいかない。
悲しさと悔しさが混ざったような、複雑な感情がこみ上げる。
せっかくここまで尾行したのに。
泣きそうになりながら、ふたりの姿を捜して懸命に走り回った。
やっぱりどこにもいない。
わたしは息を切らしながら腕時計に目を落とした。