じゃあなんでキスしたんですか?
「んだよおっさん! 関係ねぇ奴はすっこんでろよ!」
「ちょっと見過ごせなかったんでね」
ついさっきまで、見失わないようにずっと追いかけていたグレーのジャケットが、すぐ目の前で、わたしをかばうように腕を広げている。
「つかさぁ、警察とか言っても俺たち合意のうえだし。呼んでもおっさんが恥かくだけだよ」
男のばかにしたような口調に、違う、と叫ぼうとしたのに声が出なかった。
それでも目の前の彼は、わたしを振り返ることなく答える。
「合意? とてもそうは見えなかったな」
落ち着いた声に、凍りついたからだが溶けていくような気がした。
「やっぱり警察呼んで、はっきりさせるか」
彼が右手のスマホを耳にあてがうと、妹の男友達は、大きな舌打ちをこぼした。
「くそが」
捨て台詞を吐いて、細い通りの向こうへと歩いていく。その背中が角を曲がるのを見送ると、とたんに足の力が抜けた。
「大丈夫か」
驚いたように振り返って、森崎さんはわたしに手を差し伸べた。