じゃあなんでキスしたんですか?

 
 *

カフェカップから立ちのぼる芳ばしい香りに、波立っていた気持ちがすこしずつ鎮められていく。
 
近くにあったカフェでコーヒーを買ってくると、森崎さんはビルとビルに挟まれた喫煙所があるだけのちいさな公園で、わたしが落ち着くのを待ってくれていた。
 
気遣いからか、彼はわたしの視界に入らないようにベンチのとなりではなく、後ろで背もたれに寄りかかるようにして立っている。

「ありがとう、ございました」
 
お礼を言っていないことに気づいて、乾いた唇を動かし、どうにか口にした。

「さっきの、知り合いか?」
 
穏やかな声で尋ねられ、首を振る。 

「いえ……知り合いっていうか。妹と、付き合いがある子で」
 
まったくわけのわからない論理で、わたしをマイの代わりにしようとしたのだ。
 
思い出すと、また手が震えた。
 
筋張った腕の力。
 
恫喝の声。
 
飢えた獣みたいな目。
 
はじめて目の当たりにした男性の抗しえない怖さに、なかなか気持ちが安まらない。

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