じゃあなんでキスしたんですか?

 
凛々しい眉がおもいきり歪む。

「は? フラれたって! お前、好きな男がいたのか」
 
無言のまま、わたしは切子風の模様が入ったグラスを傾ける。透明な水面に天井の淡い照明が揺れる。

桐谷さんはどことなく声を震わせて、質問を続けた。

「誰に、告ったんだよ」

「……森崎さんです」
 
流し込んだ日本酒とともに、どうでもいいやという投げなやりな気持ちが膨らんでいく。
 
テーブルの向こう側の、仕事終わりでも崩れることのないきれいな顔が、急に青ざめた。

「聞いてねぇぞ」と喚くエースに「言ってないですもん」とお決まりの言葉を返す。

「告白したとか……なんて言われてフラれたんだよ」
 
やけになったようにビールをあおり、桐谷さんはわたしをにらむ。

「……わかりません」

「はあ?」
 
形のいい眉を眉間に寄せて、桐谷さんは灰皿で黙々と寿命を縮めているタバコに指を伸ばした。
 
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