じゃあなんでキスしたんですか?


もう一度部屋の中を見回すけれど、やはり妹の気配はない。
 
その代わり、わたしはリビングのテーブルに置きっぱなしにしてあった自分のケータイを見つけた。画面を見るとマイからのメッセージが入っている。

【十五時に都心ビルのケーキ屋で待ってるから、来てね❤】
 
肩から力が抜けた。
 



見上げた空には秋の気配が漂っていた。薄い雲がどこまでものびている。
 
電車に揺られて着いた駅はたくさんの人であふれていた。この場所で森崎さんの尾行をしたことが昨日のことのように思い出される。

実際、そんなに昔のことではなくて、記憶はありありとわたしに情景を見せる。
 
森崎さんと、彼に立ち姿がよく似たお母さん。そんなふたりの影を追うようにして、あの日と同じ道をたどり、わたしは都心ビルの入り口をくぐった。

「ちょっと早く来すぎたかな」
 
エスカレーターに乗りながら腕時計に目を落とす。
 
必然的に目に入った自分の手を、反対の手でそっとなでた。 
 
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