じゃあなんでキスしたんですか?


森崎さんに強く振り払われたショックは、真っ黒い渦になって胸の奥にわだかまってる。
 
ひと目がなかったとはいえ、会社の中であんな話を持ち出したわたしも迂闊だったけれど、あそこまで強く拒絶するということは、森崎さんはもう、わたしに微塵も気持ちがないのかもしれない。
 
指先で、唇にふれる。
 
あのキスは、きっと、覚えていてはいけないものなのだ。
 
甘い綿菓子に包まれた記憶を、すっぱりと消してしまわなければならないと、頭ではわかっているのに。
 
からだのどこからか、信号が送られてくるのだ。
 
忘れられるはずがない。
 
きっとこの先、永遠に思い出す。
 
わたしの、はじめてのキスだったのだ。
 
肺の奥に鈍い痛みを感じた。
 
全身から力が抜けるようで、わたしはエスカレーターの手すりにつかまった。
 
――心が全部で好きって。
 
そんなふうに人を好きなると、それが叶わなかったとき、心は全部で傷つくんだ。


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