じゃあなんでキスしたんですか?
大橋さんはわたしが課長の名前を出すと、般若のような顔になる。
色白で細い眉を吊り上げた彼女は普段から般若っぽいのに、さらにその上に般若の面をかぶったみたいにぞっとするような表情を見せるのだ。
わたしは去年、新人研修を終えたあと本社三階の業務サポート部に配属され、そこで一年間、サポート事務の仕事をしていた。
そんなわたしを広報課編集室に引っ張ってきたのが、どうやら森崎課長本人らしいのだ。
わたしは大橋さんと違って、メディアや情報について勉強してきたわけではないし、文章がうまいわけでもない。
そんなわたしを、女性社員の憧れの部署でもある広報課に引っ張ってきた理由はわからないし、正直に言って戸惑いしかない。
それでも、森崎課長はわたしに何かを期待して、ここに呼んでくれたのだ。
だからわたしは、課長を裏切るようなことだけは、絶対にしたくない。
「すみません、もう少しだけ、待ってもらえませんか」
目を上げると、大橋さんの眉間に浮かんだ皺が見えた。
「何言ってんのよ。早いとこ別の人間を見つけないと。それか来月号に回す予定だったネタを前倒しで」
「お願いします! もう一度だけ、桐谷さんにアタックしてみたいんです」
大橋さんがあっけにとられたように身を引いた。