じゃあなんでキスしたんですか?
「小野田さん、ランチ行く?」
となりから声をかけられて振り返ると、大橋さんがノートパソコンをたたんでバッグに入れたところだった。
「大橋さんは午後、スニア社で打ち合わせですよね」
「ええ。ちょっと早いけどランチに出ちゃおうと思って」
時計を見ると休憩時間の十分前だ。
「課長も離席してるし、かまいやしないわよ」
わたしの懸念に気づくと、ちいさいことは気にするなというように書類をとんとんとデスクで揃え、バッグにしまう。
「どうする? デ・レザンに行こうと思ってるんだけど」
リーズナブルで美味しい人気店の名前を挙げ、大橋さんがわたしのパソコンの画面をのぞき込む。
「キリが悪いなら、あと五分待ってあげるわ」
「あ、いえ、じゃあ、先に行っててもらっていいですか? 終わったら走っていきますので」
「先輩に順番待ちさせようなんていい度胸してるじゃないの」
デ・レザンは人気店だけあってお昼時には行列になるのだ。
「す、すみません。そういうわけじゃ」
「まあ、いいわ。来ても来なくても。義理で誘っただけだから」
薄い笑みを浮かべると、大橋さんはハイヒールを鳴らしてフロアを出ていく。
女王様の魅惑の微笑を見送って、わたしはメールの画面を閉じ、書き起こし途中のテキストを保存すると、財布を持って六階の会議室に向かった。