じゃあなんでキスしたんですか?


【いまから三分後に六○二の会議室に来い。面白いもの見せてやるよ】
 
メールの文言はずいぶん横暴だった。それにもかかわらず、わたしは桐谷さんの言葉を信じて階段を駆け下りた。
 
出会ったころにこんなメールを送り付けられても、きっとわたしは動かなかっただろうな、と思う。
 
見せかけの王子様は中身が真っ黒だと思っていたのに、どうやらただの黒じゃないらしい。
 
それは、赤や黄色といった明るくあたたかな色を内包した黒だ。

どんな色でも包み込んでしまう、懐の深い黒。

 
 
六階の会議室はエレベーターホールと外商部のフロアを結ぶ通路脇にある。
 
はじめて足を踏み入れる場所だからか、なんだか緊張した。周囲に人がいないことが唯一の救いだ。
 
ドアのプレートを確認して、ノックをしようとしたときだった。

中から微かに話し声が聞こえる。
 
どうやらいるのは桐谷さんだけではないらしい。
 
わたしは右手を引っ込めて、ドアノブを回した。音を立てないようにそっと隙間を広げる。

その瞬間、桐谷さんの声が耳に飛び込んできた。

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