じゃあなんでキスしたんですか?


「結構、美味でしたよ、あいつ」
 
頬が燃えた。その瞬間、どん、と鈍い音が響く。
 
ドアの隙間にくぎ付けになる。
 
桐谷さんは壁にぴたりと背中をくっつけていた。胸倉をつかまれ、森崎さんに強く押し付けられてる。
 

ウソ――


「遊びなら、やめろ」
 

地を這うような低い声は、殺気立っていた。
 
桐谷さんをひどく冷たい目で睨みつけると、森崎さんはこちらに向かって長い足を踏み出す。
 
わたしはあわててドアを離れた。
 
左右を見回し、隠れられそうな場所を探す。そして間一髪、となりの会議室にからだをすべりこませた。

ドア越しに外の気配をうかがっていると、森崎さんの足音はエレベーターホールを突っ切り、階段の扉の向こうに消えた。

「うおーこえぇ」
 
となりの会議室に向かうと、桐谷さんは壁にもたれたまま、右手でネクタイを緩めていた。

< 203 / 265 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop