じゃあなんでキスしたんですか?
わたしは沿道の街路樹の陰から目を凝らした。
ぴんとのびた背筋とすらりと細長い手足。あれだけのスタイルを持つ男性は、本社ビルのなかで森崎さんしかいない。
急いで交差点を渡り、駅のほうへと向かっていく彼の背中を追いかけた。幸い、一緒に出てきた会社の人間はいない。
ひとりきりのとき、森崎さんはおそるべき歩行スピードで歩く。
彼の足の長さを呪いながら懸命に追いかけたけれど、最初の距離があとを引いたのか、森崎さんは駅の改札をくぐってしまった。
以前までだったら、そこであきらめていたかもしれない。
わたしは定期を取り出して、さらに森崎さんのあとを追った。一車両分あいだをあけて、同じ電車に乗り込む。
彼が最寄りの駅で降りると、わたしはそのままあとに続いた。
幸運なことに、森崎さんはどこにも立ち寄らなかった。途中、スーパーの前で立ち止まったときはひやりとしたけれど。
でもここまで来てしまったら、もう食事に誘うというのは不自然だ。
頭のなかで作戦を練り直しているあいだに、彼は自宅マンションのそばまで来てしまった。
その大きな背中が、マンションと隣り合うちいさな公園を通りすぎる。
今しかない!
「森崎さん!」
わたしの声に、びくりと肩を揺らし、彼は振り向いた。