じゃあなんでキスしたんですか?
恰幅のいい体つきで、メガネをかけている彼女はいつもおおらかで、肝っ玉母さんという呼び名にふさわしく、三人の子どもの母親でもある。
「ほらほら、お許しも出たし、続けてくれよ、司会さん」
普段よりもすこしだけ丁寧な彼の口調は、周囲の人間の目を気にしてのことだろう。
わたしは無表情なままの編集長をちらりと見やり、やむを得ず、編集会議をはじめた。
新しいコンテンツに関しての案を出し合ってもらっていると、やっぱり会話が途切れたり、話が脱線したりする。
観察するようなエースの視線に耐えながら、道が逸れないように会議を進行し、どうにか次号の案をまとめあげた。
窓から差し込む透明の光は、もうすっかり夏の勢いを失っている。いつもよりも遅い時間の編集会議だからか、西日にオレンジ色に染められる景色が新鮮だ。
ホワイトボードの文字を消しながら、窓の外を見ていると、背中に声がかかった。
「ちゃんと仕事やってんじゃん」
人のいなくなった室内で、桐谷さんは長机にだらんと上半身を投げ出している。
「ちゃんとやってますよ」
「課長にはぶつかったのか」
同じく編集会議に出席していた森崎さんとは、普段通りに話をしながら、なるべく目は合わせないようにしていた。
顔に出さないように注意していたつもりだったのに、桐谷さんはやっぱり鋭い。