じゃあなんでキスしたんですか?
「ぶつかりました」
「……砕けた?」
狭い会議室で、上目づかいに見上げられる。西からの日差しが、足元の絨毯を少しずつ明るく染めはじめる。
「砕けてません」
「へえ、じゃあ付き合ってんだ?」
わたしはホワイトボードを消し去り、桐谷さんに向き直った。正面から、まっすぐその眼を見る。
「付き合ってません」
「はあ? なんだよ。どういうことになってんの」
机に置かれた長い指が苛立たしげに天板を叩いて、わたしはため息をついた。
「森崎さんはわたしのことを好きだって言ってくれたんです。だから、もうそれだけで十分かなって」
「あきらめるのか?」
「……考えたんです」
さっきまで森崎さんがいた場所に目を向ける。彼が座っていたときはひどく小さく見えていた椅子が、今はほかの椅子と一緒に堂々と肩を並べている。
広報課の課長で、編集室長で、わたしの上司。
森崎さんはきっと、わたしにはわからないたくさんの懸念を抱えているのだ。
「素直な気持ちでたくさん好きって言ってくれたのに、普段は一切そんな表情を見せない。それって実は、森崎さんも無理してるのかなって」
何も言わないエースから視線を外し、わたしは自分を納得させるように続ける。